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小学校教育の今を見つめ,そして未来を考えていきます。
ひとりでも多くの教師,保護者,一般の方に小学校教育の今を知っていただき,そして地域の小学校に関心を持っていただきたいのです。

「授業実践力向上net」を設立しました。ご覧ください。
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教育課程部会(第98回) 配付資料

2016/08/29 20:06
 今日の文科省メルマガより。
 ダウンロードしておくとあとで役立ちそう。
 
 ・教育課程部会(第98回) 配付資料
  http://melmaga.mext.go.jp/c/loW014r001Gt

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学び方見直し対話で知識理解 中教審部会、指導要領改訂案了承

2016/08/27 20:08
 神奈川の小川さんから教えていただいた。
 紹介する。


◇学び方見直し対話で知識理解 中教審部会、指導要領改訂案了承

 中央教育審議会の教育課程部会は26日、2020年度以降に小中高校で導入する学習指導要領の改訂に関する審議まとめ案を了承した。対話を通じて知識の理解を深めるアクティブ・ラーニング(能動的学習)を全教科に取り入れ、英語教育を小学3年生からに前倒しする。

 審議まとめ案は「グローバル化や人工知能(AI)の進化などで将来の予測が難しくなる中、社会で自立的に生きる力が必要」などと改訂の方針を強調。「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」も重視し、教育内容のみの改訂にとどまらず、学び方も見直すことで知識の深い理解を目指すとした。

 実現のために小中高の全教科に能動的学習を取り入れる。教員が一方的に知識を教えるだけでなく、知識をもとにした子供同士の議論や調べ学習などを授業に取り入れる必要性を指摘。一方、指導要領では能動的学習の具体的な指導方法は示さず、各学校の創意工夫を尊重することにした。

 グローバル社会を見据え、小学校では5〜6年で英語を正式教科にする。現在の「外国語活動」は歌やゲームを通じて英語に慣れ親しむのが目的で、「聞く」「話す」が中心。教科化で「読む」「書く」を加え、体系的に学ぶ。外国語活動は3〜4年に前倒しする。小学生が英語を学ぶ時間は現在から3倍に増える。

 小中高とも現行指導要領から学習内容は減らさないと強調。時間割を柔軟に組み立てる「カリキュラム・マネジメント」を各校に求めた。

 高校の科目構成も大きく変わる。近現代史の定着度が低いことから、日本と世界の近現代史を横断的に学ぶ「歴史総合」を必修科目として新設。選挙権年齢の引き下げを受け、主権者意識を育む新科目「公共」も必修にする。実験や観察など探究学習を行う「理数探究」も選択科目として新設する。

 年内の中教審答申を経て、小中学校の次期指導要領は今年度中、高校は来年度中に告示される見通し。小学校は20年度、中学校は21年度から全面実施され、高校は22年度から順次実施となる。
(日経新聞より)
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授業時数が1時間増えることへの対応は

2016/08/26 20:08
 内外教育のメルマガより。
 実際,各小学校は頭を悩ませることだろう。

《小学校、授業時間やり繰りに不安》
 8月1日に公表された次期学習指導要領案では、小学校で2020年度から、3〜6年の授業時間数は年間35コマ(1コマは45分)増える。英語の授業が1週間に1コマ分純増するためで、学校は授業時間のやり繰りに頭を悩ませそうだ。

 5、6年は現行でも月〜金曜の1日6コマがほぼ埋まっている状況。週1〜2回、5コマとしている学校も、6時限目はクラブ・委員会活動や職員会議などに充てている。

 文部科学省は、1コマを10〜15分程度に分割して毎朝の始業前などに行う「帯学習」や60分授業のほか、土曜や夏・冬休みの活用など、各学校の実情に応じた柔軟な時間確保を求めている。

 しかし、朝の15分程度は多くの小学校で計算や漢字練習、読書などに使われている。大橋明・全国連合小学校長会長は「これらの基礎的学習は、1時限目からの授業を落ち着いて取り組ませる役割を果たしており、英語の帯学習に充てるのは非常に厳しい」と話す。休みを利用した授業も、教師の休日が確保しづらくなるという。

 静岡県内の公立小の女性教諭(46)は「今でも英語の授業に負担感を持つ教員もいるのに、専科教員の配置などの配慮がないまま教科化されるのだったら不安」と話す。東京都内の公立小の校長も「教員に英語の評価までさせるのはかなり心配」と明かす。

 次期指導要領では、各学校が編成する教育課程に基づき、教科や学年を超えて教育内容や組織運営の改善を図る「カリキュラム・マネジメント」が提唱されるほか、小学校は総合的な学習の時間などでコンピューターのプログラミング教育を組み込む必要も出てくる。

 文科省は校長や有識者らによる検討会議を立ち上げ、柔軟な時間割編成の方策などについて年度内にまとめる。大橋会長は「教員の負担をできるだけ増やさず、次期指導要領の理念に沿ったカリキュラム作りや学校運営をするための知恵を絞らないといけない」と話している。
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道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(第10回) 配付資料

2016/08/25 20:25
 本日の文科省メルマガより。
 資料2は目を通しておくとよいと思う。

  道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(第10回) 配付資料
  http://melmaga.mext.go.jp/c/3PS014n001Gt

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「アクティブ・ラーニングは知識基盤社会への100年の進化の過程にある」

2016/08/24 20:11
 大阪の古川さんから教えていただいた。
 無藤隆先生の書かれたもの。


「アクティブ・ラーニングは知識基盤社会への100年の進化の過程にある」

 多くの人の思い込みと違って、私は日本の小中の授業の指導は平均的典型的に10年単位で見て向上してきていると思う。(実証的根拠はないので、まあ印象だが。)もっと根拠なく言えば、100年間でかなり進歩したのではないだろうか。むろん100年前また50年前30年前と伝説的教師はいた。だが、それは今でもいるのではないか。しかも数が多いのではないか。技術的にも教材分析的にも子どもの理解的枠組みにしても高度になってきているのではないか。
 それは一方で、社会の知識の高度化によっているのだと思う。今の教師の方がずっと広く本あるいは情報を読むと思う。教養だって広い。(教育書が売れないというが、売れているものはあり、公共団体による、また個人によるネット情報が読まれ、雑誌その他の情報を仕入れるルールも広がっている。特定の教育書や教育雑誌が売れないだけだ。教養も古典ばかりを言うから無知に思えるだけで、今の教養を定義すればよいのである。はっきり言って、今も昔も優秀なのもダメなのもいた。今の方が真面目に取り組んでいると思う。)
 授業の技術そのものは進化するように出来ている。見よう見まねで伝わるところが多いから見る機会があれば上手になる。マニュアルだって役立つ。教科書の指導書も親切になった。コーチをする指導者たちも懇切丁寧だ。
 とはいえ、困難は大きい。教えるべき内容は数年ごとに倍増しかねない勢いで増えていく。それが知識社会だ。それは絶えず精選し、見方・考え方を確認し、教えていかないと事実の洪水に学習者がおぼれる。さらに現代の知識基盤社会は知識創造の側に極めて多くの人が立つようになり、また立ってこそ仕事が出来るようになってきたということだ。(ラーメン屋であろうと、新しい情報を仕入れ、工夫し、考えねば、生き残れない。)
 それが100年進行してきた。つまり与えれたものを覚えるという20世紀初めの授業が、20世紀の後半に知識を作り出し、問題解決とするという経験を一部にせよ可能にすることに展開してきた。それが21世紀に入り、そのためにこそ授業があるべきで、知識の習得はそのための手段という見方が台頭してきた。それは学校教育の内的な進化の表れととらえるべきなのである。そこまでその技術と使命が高度化してきたのである。
 というわけで、私は若い教師がダメだという意見に組みしない。たいていの現在の中高年の教師の若い頃より増しだ。それは熱意と才能が高いという意味ではない。実践を向上させる仕組みが整ってきたからなのである。そして、その向上が学習者を能動的に学ぶように仕向けることを理想論ではなく、現実の技術的問題と変えたのである。
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学習指導要領の一部改正に伴う小学校,中学校及び特別支援学校小学部・中学部における児童生徒の学習評価及

2016/08/23 20:42
 本日の文科省メルマガより。
 通知文なので,既に学校に届いていることと思う。

・学習指導要領の一部改正に伴う小学校,中学校及び特別支援学校小学部・中学部における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について(通知)
http://melmaga.mext.go.jp/c/qCK014X001Gu

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教育課程企画特別部会(第20回) 配付資料

2016/08/22 20:07
 本日の文科省メルマガより。
 そろそろ終盤に入ったか?

・教育課程部会 教育課程企画特別部会(第20回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/xSX014F001Gu

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・教育課程部会 考える道徳への転換に向けたワーキンググループ(第2回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/9oV014F001Gu
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 「アクティブ・ラーニング」とは方向性を示すキャッチコピー

2016/08/19 22:03
 知人からの情報をいただいた。
 無藤先生の書かれたもの。
 以下に紹介する。

◇ 「アクティブ・ラーニング」とは方向性を示すキャッチコピー。

 アクティブ・ラーニングとは本当のところは何か、なんて大して重要とは思わない。
 昔から、学ぶ側の主体性を発揮させろとか、聞くだけの受け身の授業だけではいけないと言ってきた。
 今回の改訂で大事なことは、次のことだと思う。
 第一、講義だけで良いとする一部の(高校あたりにいそうな)教師にショックを与える。
 第二、アクティブな姿勢を取って学ぶことを促す指導の手だてを示唆する。
 3つの学びで言おうとしていることはそれだ。
 その各々に具体的な指導の手だての提案が入っている。
 第三、アクティブ・ラーニングの名の下で何であれともあれ授業改善への教育委員会や学校や教師の個別の努力を組織的に行うように促す。
 アクティブ・ラーニングなんてみんな違ってみんないいんだと思う。
 いろいろなやり方があり、いろいろな改善の仕方があり、心構えもあり、各種の活動やツールの導入もあるだろう。
 なお、アクティブ・ラーニングは講義スタイルの授業をまったく排除していない。
 そういう局面もあるだろう。
 大学で言えば、演習も実習も講義もあるのだ。
 ただ、講義が大半だとあまり効果がないのではないか。
 ちなみに、いずれ紹介したいが、教育心理学の世界でアクティブな学び方が良いとするデータはそう多くない。
 直接教授の効果はクリアーであるが。
 教育心理学者はもっとそこのあたりを真剣に考えつつ、なおかつアクティブな方向を目指すべきだと思うが。  その理屈立てとデータによるサポートは結構面倒くさい。
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新学習指導要領「審議のまとめ」(案)を読み解く

2016/08/17 20:26
 興味深い記事を見つけたので紹介する。
 恐縮だが,出典は失念してしまった。


◆新学習指導要領「審議のまとめ」(案)を読み解く
 新学習指導要領の中教審答申に向けて8月1日に示された「審議のまとめ」(案)を、安彦忠彦神奈川大学特別招聘教授に読み解いてもらった。

○何のため、誰のための教育課程か 教育の本質が逆転
                                             神奈川大学 特別招聘教授 安彦忠彦
 次期学習指導要領の内容を決める中央教育審議会の中間報告「審議のまとめ」案が、8月1日に公表された。2日の新聞等では、学校現場への具体化に資する条件整備を含む種々の手立てを求める声以外に、これといった批判的分析はなく、一般に関心をもたれるような小学校の英語科導入を中心に、高校の教科目の改廃やアクティブ・ラーニングの導入について、好意的なコメントがほとんどであった。
 確かに案を見ると、「資質・能力」の育成中心で「内容」の詰め込みを避けるという改訂の趣旨により、評価も含めてこれまで以上にきめ細かく丁寧な記述がなされ、各方面からの要請にできるだけ応えてバランスをとっている。また新構想であるだけに説明が詳細で、分量的には前回の答申の倍ほどの分厚いものになっている。
 しかし、結局は冒頭に掲げられた「社会に開かれた教育課程」というキーワードが、その基本的性格を規定している。この点についてほとんど誰も問題にしていないが、まさにこれこそが「教育」を考える際の最重要の視点である。このキーワードは、確かに「公教育」であれば「社会のため」といってもよい。しかし「私教育」も含めた場合、それでよいだろうか。「教育」一般は「人間らしい人間=人格を育てる」という個人的な一面がある。ところが、いつからか「国家・社会・地域のため」に役立つ「人材」を養成することが「教育」だということになり、大部分の日本人は「それで何がおかしいのか」と反問する時代になった。
 けれども、ではその「国家・社会・地域」は何のためのものか、誰のためのものかと考えてほしい。個々の「国民のため」のものでなければならないであろう。どちらが主体なのか。国の審議会等の委員になると、このことをうっかり忘れて、すぐに「国家のため」という目線でものを言うようになりがちである。しかし、実は自由民主主義の「国家」は「国民のため」にある。
 つまり「主体」は「国民」にあり、教育も教育基本法に従って「国家社会の形成者」として「主体形成」を行わねばならない。「国家社会の形成者」とは「国家・社会・地域のための人材」であるとともに、「国家社会のあり方を決める主権者=主体」でもあり、後者の方が重い意味をもつ。
 現行の学習指導要領は「生きる力」という「主体」の側から構想されたが、今回は「社会のための教育課程」とされた。この違いは決定的だと思う。「教育」の本質の主と副とが逆転していることに気づくべきである。
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次期学習指導要領審議まとめ案 合田教育課程課長に聞く (2)

2016/08/16 20:32
 前回の続き。

 次期学習指導要領審議まとめ案 合田教育課程課長に聞く(2)

◇マネジメントの肝はPDCAサイクル

○カリキュラムマネジメントをどう実現していくのか。
 カリキュラムマネジメンはPDCAサイクルの話である。子どもたちの学習状況を把握し、授業や教材などをどうマネジメントしていくのかということである。
 そのマネジメントは教務主任だけでなく教壇に立つ教員の視点も重要だ。子どもたちと教員との時間をいかに生きた時間にするかは、時間、情報、教育内容などのリソースを、どう組み合わせていくのかにかかっている。教員のみなさんには、指導に全力投球をするだけなく、脚本家、演出家として授業全体をリードしてもらいたい。
 これを実現するには授業の即興性が求められる。アクティブ・ラーニングのような「主体的な学び」や「対話的な学び」「深い学び」を重視すればするほど、子どもたちの思いもつかないつぶやきが現れる。こうした現象を取り入れながら授業を展開していく必要がある。
 それがカリキュラムマネジメントの肝となる。
○アクティブ・ラーニングの話がでたが、どのように活用していけばよいのか。
 グループ討論やプレゼンは、アクティブ・ラーニングの一つのやり方。単元のすべてをアクティブ・ラーニングで指導するというのではない。
 教員自身が子どもたちをアクティブ・ラーナーにするためにどういう手順でやっていくのかを考えないといけない。目の前の子どもたちの現状を見て、アクティブ・ラーニングを活用すべきだ。
 知識が不十分であれば、まずは知識の習得を図っていき、次の展開にもっていく授業デザインが必要だ。
 知識の習得は一見、学び直しや教え込みに見える。だがこれは、対話的な学びや探究的な指導をすれば、その過程がアクティブ・ラーニングだと思う。
 今回の審議まとめ案では、子どもたちの資質・能力を高めるのが目標である。手段としてアクティブ・ラーニングに基づく授業改善は、あくまでも手段である。これしかないという考えは危険だ。さまざまな指導方法を活用するための広い視野をもってもらいたい。
○次世代型教育推進センターでアクティブ・ラーニングの事例集を示すと言われているが。
 アクティブ・ラーニングの事例集をアーカイブスで共有していきたいと思っている。
 次世代型教育推進センターでは、全国の好事例を集めている。これには基礎学力の習得を重視したものや、発展的な学習の事例もある。
 生徒の学習状況を踏まえ、いろいろな対応ができるように情報を集めて共有していく。
 次世代型教育推進センターの職員から「全国の学校では既に取り組まれている指導方法や新しい指導方法もある」と聞く。
 これらの指導方法が混ざり合って新しいものが生まれればと思っている。この事例集は、そのためのトリガー(引き金)になってほしい。
○小学校外国語(英語)が教科化され、授業数が増加する。そのモデル授業数については。
 小学校外国語の教科化には、モジュール学習に対応した教科書やICT教材、地元の人材を活用するなど条件整備も必要だと思っている。
 だが、小学校高学年では、「読み」「書き」まで領域を広げたイメージがない。思考が抽象的になっていく高学年で外国語が教科化される。こうした現状のなかで、小学校の教員は不安に思っている。
 だから、モデル授業数を示そうとなった。早い段階でイメージできるように、できるだけ早く公表してきたい。
 また小学校だけでなく、中学校英語の質的な改善が求められている。「話す」「聞く」「読む」「書く」の4領域(技能)の観点からいけば、中高の英語も変わらなければならない。
○高大接続改革で高校の教育課程が大きく変わったが。
 平成20年度の改訂では「学力低下」の議論があり、義務教育が中心となった。だが今回の審議まとめ案には高大接続改革で、高校の各教科が再編された。その一つとして地歴公民科では、「どうしてこういう時代に生きているのか」という共通の軸がある。その時間軸は「歴史総合」、空間軸は「地理総合」だ。そして現代を自分事として捉えるのが「公共」となった。これからもいろいろと検討事項があるが、ある程度成熟してきた。
 今回の「歴史総合」では、知識も大事だが、歴史的なものの見方や考え方を重視した。そのなかで「日本史探究」「世界史探究」を創設した。これにより、概念的な知識を身に付ける方向性となった。
 だが、指導者をどう育成するかとの課題がある。奈良県にある高校を視察したとき、日本史を指導していた副校長が、歴史的な素材を生かしながら授業をしていた。知識だけでなく、地域にある歴史的な遺産で、体験的な学習をしてもらいたい。
 このような授業ができるように、教員研修についても今後、考えていく。
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次期学習指導要領審議まとめ案 合田教育課程課長に聞く(1)

2016/08/13 20:23
 古川卓也さんからの情報。
 古川さんはいつもいい情報を教えてくださる。
 2連載の1回目。

◇次期学習指導要領審議まとめ案 合田教育課程課長に聞く(1)

 次期学習指導要領の方向性が示された「審議まとめ(案)」が8月1日の教育課程企画特別部会で公表された。新しい時代に求められる資質・能力を子どもたちに育む「社会に開かれた教育課程」の実現を掲げた。小学校外国語(英語)の教科化や高大接続で教科再編など大きく変わる次期学習指導要領。アクティブ・ラーニングやカリキュラムマネジメントなど重要なキーワードが盛り込まれているこのまとめ案について、そのポイントを、文科省の合田哲雄教育課程課長に聞いた。(全2回連載)

―全体像見通す「学びの地図」を示す―

 今回の学習指導要領まとめ案のポイントは。
 長い間、「ゆとり」か「詰め込み」かとの議論が、社会の中でなされてきた。
 前回の改訂で、それを乗り越え、言語活動を通じて、子どもたちの力を育んでいくとの方向性となった。だが、前回の改訂のときもそうだが、言語活動べースではなく、「何のための教育課程か」「何のための学習指導要領か」との視点が示された。つまりは、「資質・能力をどう高めるか」が本筋だと思っていた。
 しかし、10年前は、カギかっこ付きで「学力低下」や「ゆとり教育」の問題をどう乗り越えるかが課題となり、「資質・能力をどう高めるか」まではたどり着けなかった。
 平成20年度の改訂から、学校現場で相当な実績が積み上げられてきた。こうしたなか、今回のまとめ案では、「子供たちの知識・理解の質を高めていく」との視点をもったのは、戦後70年を経て、初めてではないだろうか。
 要するに、「どういう学びを育もうとしているのか」を真正面から議論できるようになった。これは日本の教育をゼロから組み替え直すということではない。
 これまで日本の学校教育が130年間、積み重ねてきた知恵や経験によって、子どもたちの資質・能力をどう引き出していくかとの観点で整理している。つまり学校教育を通じて子どもたちが身に付けるべき資質・能力や学ぶべき内容、学びの見通しの全体像を見渡せる「学びの地図」を示すことなのである。

 「確かな学力」「健やかな体」「豊かな心」を総合的にとらえて構造化するというのは。
 構造化とは、一つひとつの知識をバラバラに教えるのではなく、知識を習得する過程で考えさせたり、組み替えさせたりして課題を解決さていくこと。そうした力を育むには「思考力・判断力・表現力等」と「知識・技能」「学びに向かう力・人間性等」は互いに重ね合わせる必要がある。
 教育現場で何より大事なのは、「何のための知識か」「何のための思考力か」で、それを考えないといけない。その目的は、自分の人生や社会をよりよいものにしていくということである。
 また「知識・技能」と「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力・人間性等」のそれぞれで見ていくと、教科の本質が見えてくる。例えば、社会科の知識はそれ自体で意味がある。歴史の因果関係で捉えるとの見方からどう知識をつないでいくのか。こうした見方が大事である。
 その一方で、体育や音楽、特別活動などは知識を習得するだけなく、活用しないといけない。まさにスポーツをしたり、芸術表現をしたり、実際に学級活動で話し合いをしたりと、身体化して初めて意味がある。育成すべき資質・能力の三つの柱から見ると、教科で特質があるのが分かってきた。
 横断的な学びとは。
 防災教育や消費者教育、安全教育、主権者教育などの「〇〇教育」といわれるものには、現代的な課題が各教科にある。
 例えば消費者教育をみると、中学校家庭科では、クーリングオフの手続き、高校の家庭基礎では、多重債務者にならないように複利計算の仕方などを知っておくべきだが、あまり知られていない。そういう学びと実生活をどう結び付けて考えるかが重要である。
 それは防災教育や主権者教育でも同じである。教育課程の構造化は、学校教育のもっている縦・横のつながりを明確にしている。授業事例集や解説などで、主権者教育や消費者教育などが、それぞれの教科でどうつながっているのかとの「地図」を参考資料として添付するのを考えている。これを参考に、どのように授業デザインしていくか考えてもらいたい。
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教育課程企画特別部会(第7期)(第19回)配付資料

2016/08/12 20:24
 中教審教育課程部会の教育課程企画特別部会(第7期)(第19回)配付資料 が公開された。
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/siryo/1375316.htm
 これはここまでの審議のまとめ。
 時間的な余裕のある休業中に目を通しておきたい。
 特に各教科に関する資料。

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2行で分かる学習指導要領改訂

2016/08/11 20:07
 無藤隆先生の書かれたもの。

― 2行で分かる学習指導要領改訂 ―

 学び続ける人を育てるために、知識を構造化しながら、考えを表現して広げ、意欲と意志を持って学びを活かせるようにしよう。そのために、学ぶことの見通しを立てて、人と対話し、考えのベースとなるものの見方や考え方を身に付けて、それを使って問題解決できるようにしていこう。

 言い得ている。
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2つのワーキンググループの資料が公開された

2016/08/10 20:07
 今日も文科省メルマガより。
 そろそろ大詰めか?
 2つのワーキンググループの資料が公開された。

・教育課程部会 生活・総合的な学習の時間ワーキンググループ(第8回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/fgV013v001Gx

・教育課程部会 家庭、技術・家庭ワーキンググループ(第8回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/zIR013v001Gx
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「大阪の授業 STANDARD」

2016/08/09 20:23
 知人の古川卓也さんからの情報。
 「大阪の授業 STANDARD」
 https://www.osaka-c.ed.jp/kate/gakusui/gakusui-folder/osakanojugyoustandard.pdf
 これはいい!
 特に若い先生方には大いに勉強になる。

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特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について

2016/08/08 20:52
 今日の文科省メルマガより。
 前回に続き,道徳関係の資料が公開された。
 「道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議」で配付された資料

 ・「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について(報告)
  http://melmaga.mext.go.jp/c/1AF013r001Gx

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考える道徳への転換に向けたワーキンググループ(第1回) 配付資料

2016/08/05 20:06
 今日の文科省MMから。
 こういう部会があること,知らなかった。
 第1回会合での配付資料です。

・教育課程部会 考える道徳への転換に向けたワーキンググループ(第1回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/0nQ013p001Gz

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27年度「教育白書」

2016/08/03 22:11
 今日も文科省MLより。
 第4章「初等中等教育の充実」だけでも目を通しておきたい。

・平成27年度 文部科学白書
http://melmaga.mext.go.jp/c/9WY013c001H0

 以下,目次ページのみ白書より転載。

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アクティブラーニング

2016/08/02 21:06
 新聞紙上を「アクティブラーニング」が賑わせている。
 新しく生まれた概念ではないが,「今までもやってたよ」というのは少々危険だと思う。
 長い文になるが,以下をよく読んで自分の中に落とし込んでおくとよい。


「優れた教師の実践から学ぶアクティブ・ラーニングのあり方」
中教審教育課程部会委員 無藤 隆
 アクティブ・ラーニングとは能動的な学びのことであり、学習者である子どもが主体として学び、知識を構成し、また協働的に活動し、その学んだことをその後の活動で活かし、そして学び続けることである。それは従来も卓越した学校においてまた優れた教師により実践されてきた。今、それを強調するのは、すべての学校ですべての教師が能動的な学びを可能にする指導を進められるようにして、どの子どもも自らの学習活動に対して能動的に関わることを目指して、学校教育のあり方を変えていこうとするからである。
◆学びをどうとらえ直すか
 学力を構成する3要素を元にアクティブな学びのあり方を構想していける。車の両輪として、知識・技能と思考力等を考える。さらに、いわば車のエンジンとして「主体的に学習する態度」を置き、推進力とする。知識の面が高度化すると、相互につながり、体系化された知識となっていく。思考の面が表現とそれを介した他者との対話を通して高度化すると、熟慮され、多面的に吟味された自覚的な思考となる。主体的な学習態度が学ぶことの見通しを持ち、またこれまでの学びの履歴をとらえ直し、それを通して高度化すると、意欲から意志へと発展し、さらに志としての学びとなる。
 各々の高度化のための手立てがアクティブ・ラーニングであり、三つがつながり合って、深くて対話的で主体的な学びとなる。その最も高度な形態は、子どもが、社会への主体的な参画者となり、知への主体的な創造者となり、自己の主体的な形成者となっていくところにある。
 従来の考えと少し違うところは、たとえば、知識を孤立したものとしてとらえることが多かったのに対して、学習主体による知識の体系化・構造化を強調する。思考を表現し、その表現と学習者が対話し、さらにその対話が他者との協働へと発展する過程が近年注目され、授業の工夫が進んできた。さらに、そこにおいての自覚化の検討があまりされていない。主体的な学習態度にしても、意欲止まりであることが多かった。
 もう一つの特徴は、実際に出来ること・やれることを強調することである。スキルというとらえ方が個別の反復により身に付けることを超えて、一つは思考や態度といった高度で抽象性の高いものであろうと、具体的な道具(ツール)を使えば、子どもにとってどう進めれば良いかが分かるようになった。もう一つは実際の場面で活かせるということである。将来、教師の指導を離れても使える学びを展望するには、実際に近いところで学んだことを試してみることが不可欠となる。
 こう検討し直してみると、アクティブであるとは、単に身体を動かすことでもないし、自習のことをいうわけではない。心・頭脳が活発に動くことを指すのであるが、子どもの学習過程においては、身体を動かし、道具を使い、意欲が喚起され、やり遂げようと頑張るところを含めていくべきだということがわかる。そこには、一人で学ぶことも、教師から直に指導を受けることも、子ども同士の対話もすべて含まれる。むしろその多様なあり方が重要であり、既に従来から「習得・活用・探究」という学びと指導のあり方で強調してきたところである。いずれも優れた実践はすべてやっているはずである。新たなことではない。しかし、だからといって、誰もが常に試みたわけでもない。既にやっていることを高度なものにして、よい指導手立てを増やしていこうというのである。
◆次元を高めたアクティブへと進める
 子どもは生まれつき、たくさんの萌芽的能力を持ち、他者・事物をその活動に巻き込みつつ、多くを学んでいく。そういった自覚されないで、周りへの関わり方を変えていくのが学習の原型である。だが、人間はその上で、そういった物事を頭の中に表象し、その知識を使って考えるようになる。
 だとすれば、知識自体をアクティブにする必要がある。取り出しやすくするだけでなく、つながりを多様に柔軟にする。そのために、何度も組み換え、いくつもの視点から構造を作り替えられるようにする。個別の知識の記憶はバラバラであるし、構造はしばしば一本の線でつながるだけだと、違う質問では取り出せなくなる。さらに、別な知識群が入ってきたときに新たな統合が難しい。固く閉ざされているからだ。アクティブ・ラーニングでは、知識の捉え方が変わる。強靭な思考は構造的で柔軟で組み替えが可能な知識群により支えられている。
 思考する。そこで、何か難しいと感じて、言葉にするのがメタ認知の始まりだ。どういうところが難しいかを考え、どうすればその難しさを克服出来るかを考えたり調べたりの手立てを考えることで、メタ認知が自己学習につながり、アクティブ・ラーニングへと発展させていく。心的にアクティブであるというのは、学習場面では、単に一所懸命に関わり考えることを超えて、どうやって学べばよいかの方略を考え選び、また自分の学習と理解の状態を把握して、それを修正する営みを行うことである。だから、アクティブに持っていくためには、そういったメタ認知的活動を活発にして、自己学習に発展させるのであるが、メタ認知は大人でも簡単ではないので、種々の道具が必要となる。そういう道具を思考ツールと呼んだりする。 
 学習活動では、体験を通して考えるのみならず、多種類の交渉からの経験が言葉による代理経験を含めて与えられるので、社会的に意味のある表象へと発展していくようにもなる。見えない世界はこういった表象過程を通して理解され、子どものその後の経験可能性の準備を進める。教育とはそういった社会的表象の形成を意図的に社会側が行う営みである。子どもは学習主体としてあらゆる生活場面でその表象の働きを発揮し、表象の変容への刺激を受け取り、解釈するのでもある。
 アクティブであることは学びを広げ、体験の学びの土台を築き、種々の学びを統合させる。学びの総体において受け身の学びは極めて多い。見て知る。本を読む。ネットを眺める。そこで主体の精神がいかに躍動するかが大事だ。受け身の学びが学びの広範な基盤を作るのであるが、それを主体の能動的に生きるあり方へと変換するとき、意識的意図的なアクティブな学びがそれを統合へと向けていく。優れた教師の授業実践においてその具体的な姿を見ることが出来る。
◆優れた教師とは多様な指導のあり方を組み合わせる
 学習とは方略的である。様々な学び方があり、考え方があることが分かって、課題や目的に応じて使い分けることである。教師はそのような学習者のあり方を実現しようとする。そのための指導の手立てもまた方略的であり、多様である。
 たとえば、学び方の型というのがある。それをまず習得することにより、その後の学習過程をスムースにしようとする。だが、その授業と学習のスタイルがいついかなる時にも有効だというわけではない。思考ツールの利用とアクティブ・ラーニングの発展は、既に優れた教師の指導法を多くの教師の手の届くようにしてきている。多種多様な授業の手立てがあると考えて、時と場合と子どもに応じて指導の手立ての組合せを進め、その手立てを子ども自身が使えるようにするのである。
 アクティブ・ラーニングとは体を動かす以上に、精神を活発に能動的にすることである。それは、その前に型があり、それが出来た後で精神を活発化することで可能にするのではない。頭を使う営みと型また手立ての形成は常に連動して進むものである。学習者が本気で考えつつ、それを授業のあり方の中に導入することが必要なのである。


アクティブ・ラーニングの正しい読み取り方
中教審教育課程部会委員 無藤 隆
  「アクティブ・ラーニング」について論点整理では、学習する側の主体的なあり方を重視すること、そしてそれを具体的な授業実践の中で考えるべきであることを明確に伝えています。すでに「アクティブ・ラーニング」に取り組んでいる学校・教師もいるわけで、彼らにとっては特段に新しいもの
ではないかと思いますが、論点整理では、その方向性をより明確にしました。
 討論したり、実験したり、調べたりといった授業方法は目新しいことではありませんが、それが学習者にとって本当に学びを変えるものになっているのかが問われるわけで、そこをどう押さえていくか、どのように具体的な教育課程編成や授業づくりにつなげていくかというところが大事なポイントなのです。
 次期学習指導要領に関しては、学ぶ内容だけに着目するべきではありません。学ぶ内容と学び方の組み合わせが大事になるわけで、今後は、あらゆる教科についても、内容のみならず、学び方ということが強調されていくと思います。
 また、「アクティブ・ラーニング」というのは、単なる授業の形態を指すのではなく、学習者がどう変わるかということがポイントです。ですから、「アクティブ・ラーニング」に形式を求めるべきではありません。子どもが話し合う時間が全体の何割かというようなことではないし、教師がある時間をとって説明したからそれはアクティブ・ラーニングではないとも言えないのです。
 「アクティブ・ラーニング」を捉えるために一番大事なのは、論点整理で示した「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」の三つです。学習者がどれだけ考えるようになったか、どう対話するようになったか、どう主体的に学ぶようになったのかといったように学びに向かう子どもの変化を期待しているのです。論点整理の性格から授業の具体を列挙することはしませんでしたが、できるだけどんな授業が「アクティブ・ラーニング」なのかというイメージをもってもらえるように書き込んでいることに注目していただきたい。ここが一番重要なポイントです。
 例えば、「深い学び」については、知識もかなり使っていくことを盛り込んでいます。単にやる気を出すとか授業が盛り上がっていればよいということではありません。「アクティブ・ラーニング」は頭をアクティブにすることがねらいなので、「アクティブな活動」でなく、「アクティブな学び」と捉えるべきなのです。

文部科学大臣諮問文(26年11月)を読んで
中教審教育課程部会委員 無藤 隆
 この諮問文からは,これからの教育においては,物事を知的に理解して終わるのではなく,問題解決に向けて,友達とのコミュニケーション(対話)とコラボレーション(協働)を大切にしながら探究を深め,実践に生かしていけるような力をはぐくむ授業づくりが期待されていると読み取れる。そして,その前提として,基礎的な知識・技能の習得と,それを実社会や実生活で生かしながら学ぶことが期待されている。              〈途中略〉
 対話的な学びで、対話というのは、もちろん人とやりとりすることですが、ここでの対話的な学びのポイントは「他者との協働や外界との相互作用を通じて」となっていて、「多様な表現を通じて、教師と子どもや、子ども同士が対話する」となっています。多様な表現を通じてというのは言語力の発展であって、思考ツールあるいは表現ツールを多用しようということです。思考ツールとは、自分たちの考えをさまざまなかたちで書き表すことです。それは言葉であることもあるし、図示することもあります。現場では、何十あるいはもっと多いさまざまな書き表し方が、小中高それぞれの時期に応じて開発されて、もう使われています。自分の考えを外に表すということ、その表したものによって生徒同士がやりとりをすることなのです。
 実は、学校教育というのはそもそも表現を通して対話するという仕組みをもともと持っています。100年前からあります。これは何かというと、教室の授業と黒板という仕組みです。日本の学校教育のいろいろな特徴がありますが、その優れた部分は、私の考えでは教師の板書技術だと思います。この板書技術のポイントはもちろん字がきれいだという話ではなく、生徒たちのさまざま発言を構造化しながら板書する先生方のやり方です。これが日本の教師は圧倒的に優れていると思います。授業が終わった段階で板書を見ると、その45分、50分の子どもたちの多様な考えが図示されています。写真に撮ると、それでもう分かるようになっているという優れた先生方がいます。
 しかしながら、そこに重大な欠点があります。それは、板書して構造化するのは先生だということです。それをどうやって生徒自らが板書し、構造化できるようにしていくか、これが思考ツールの問題です。最初は生徒に黒板を渡すことです。


次期学習指導要領に向けた様々な動向
中教審教育課程部会委員 無藤 隆
 学習指導要領の改訂を目指して、現在中央教育審議会では教育課程部会およびその下部にある各種ワーキンググループで精力的に議論を進めている。その議論の目指すところをいくつか挙げて整理したい。
●資質・能力の考え方を基本とする
 教科を中心としてその知識を教授するという初等中等教育のあり方を資質・能力を中心とした教育へと転換する。これは知識を無視することでは全くない。思考し、問題解決に使われ、当該の授業を離れても、また学校を卒業しても使われるような知識であり、その知識に基づく考え方を指導しようというのである。
 なぜそうするのか。それは、個別の教科で教える知識が生きるためにも、教科を超えた学ぶ力の育成と活用が不可欠だからである。たとえば、考えることを取ると、それは個別の知識を活用することとともに、その知識の体系化されたまとまりと、それによる現象の整理と切り取り方が必要であるが、実際の問題解決に使えるためには、他の教科その他の知識と連動できねばならないし、学び活用する能動的な姿勢によって、それらのことは促されていく。
 ある教科で学び、しかもある単元で学ぶことは、その教科や単元での試験で確認されるだけでよいのではなく、それが出来た上で、直接的にその教科や単元を適用する場面を離れたところでも使えるようにする必要がある。それは自動的にそうなるわけではない。能動的に使おうという姿勢の下で繰り返し様々な組合せで、その教科と単元の知識を他と合わせて、さらに時には新たな知識を作り出しつつ、問題解決を行うのである。
 使えるようにするとはその意味である。漠然と分かるだけでは足りないが、細かい知識・技能を身に付けるだけでも不足する。それらを新たな場面で使うことが必要なのだし、それに当たっては使い方自体も工夫をせざるを得なくなる。
 そういった姿勢に伴う力を汎用能力と呼んだりもするが、それは絶えず繰り返し、一つの学習の場面を超えた適用の経験を経て、そのやり方の要点が分かっていくのである。いきなり汎用能力を教えることは出来ない。それは必ず知識に基づいたものであり、その応用なのだが、そこに新たな創造が組み入れてこそ、「活用」できるのである。
●アクティブな学びを進める
 そういった資質・能力を中心に考えたとき、すべての教科等の学びのあり方は学習する子どもの能動的で主体的な学びとしてこそ実現されていくものである。その意味で能動的で主体的で協働的な学びとしてのアクティブ・ラーニングが提唱されている。それは三つの面から学びを高度化していくことで実現できよう。
 知識を高度化していくとは、その構造的なつながりを作り出すことである。これを「深い学び」と呼んでいる。ばらばらの知識ではなく、それらが相互に結びつき、全体として何らかの現象群を説明するとなって初めて知識はその効力を持つのだし、忘れにくくなり、使えるものとなる。たとえば、電気とは何かとは小学生レベルでは科学的に十分な解答は難しいが、その折々に暫定的には定義を工夫し、それによりいろいろな現象(たとえば、乾電池で豆電球をつけるときに直列や並列の配置)を説明できるようになる。では、それにより、さらに家で使う懐中電灯は説明できるのか。家の電気の配電は見当がつくだろうか。
 そのまとまりのある知識とはある程度教師が提供し、また実験その他を通じて教師が誘導して形成していくのであるが、同時に学ぶ側である子ども自身が体系化していくものでもある。子どもにより、既に知っていることや日々経験することは様々であり、考えの発展の仕方のいろいろにありうる。
 知識の教授で大事なもう一点はその構造に対して、つながることともに要となるところを明示していくことである。特に中核的知識と呼んだりもする。電気で言えば、たとえば、それは水流のように流れるものであり、それを援用させる形で抵抗や電圧等を説明することで包括的な説明となっていく。そして、それが通用しない現象では(たとえば、コンデンサーや電磁場)、定義を発展させた検討を進めることになるのである。
 こういった知識は物事の多面的な理解へと発展していくために、その考えを表現して表に出し、再吟味の過程を経ていく必要がある。これを「対話的学び」と呼んでいる。対話とは授業でいくらでもなされていることではある。だが、従来のその対話と近年の展開には大きな違いがある。それは表現を介しての対話であるという点である。
 自分の考えを外に表す。それは何より言語的手段が重要だ。従来もそれを「言語力」と呼び重視してきた。今回、その発展の中で、自分の考えを言い表す様々な手立てを授業に導入し、子どもたち自身にそれを使えるようにしていくのである。挙手し、指名し、答えて、それを聞きつつ、別な子どもも答えるという方式は他の子どもの応答を汲み取りにくくなる。そこで、従来、多くの教師はその子どもの発言を板書して、それを見つつ、子どもたちに考えの展開を促していた。その日本の教師の伝統的な熟達した技を発展させる必要がある。
 そういった板書の技術は子どもたちの集団的な思考過程を図示するやり方である。では、それを子ども自身に道具を手渡し、やれるようにしていけないか。そうすれば、その道具を活用して、自分たちで必要に応じて考えを展開し、学んできた知識を問題解決に活かすことが可能になるのではないか。
 こういった思考過程を「道具化」することを通して、授業を対話のプロセスとし、思考を展開することが協働的な対話の中で進む経験としていこうとするのである。そこに複数の子どもが関わり、それぞれの学びを表すならば、自ずとそこに視点の違いが生まれ、また明示されることになるだろう。一つの正解にすぐに到達しようというのではなく、むしろ正解があるにしても、そこに多面的な見方が成り立つ複雑な思考の表れなのだと分かっていってほしいのである。
 第三に強調したい学びが「主体的な学び」である。主体的というと、子ども自らが自発的に学び、何をどう学ぶかを考え、どしどし学んでいく姿を思うかも知れない。しかし、それは学校教育の完成形であり、もしかしたら少しは実現できかも知れないあり方であり、実際にはそううまくいかない。それは学校教育の失敗では必ずしもなく、実際の生活で子どもが大人になるとは学習専業ということではなくなり、たくさんのことをしたいし、やっていくからなのである。そうではなく、学びたいと思い、学ぶべきだと思ったときに、その学びが順調に進んで、学ぶ主体の願いや志が実現するようになっていくには、その前の段階での学校教育で何を育てればよいかということなのである。
 さらに主体的とは始めからある意味で子どもは主体的であるが、別な意味では主体的であることへと徐々に育っていくものでもある。自分がやりたいことをやろうとする以外に子どもは小さければ小さいほどそう動かざるを得ない。命令によって動きのは行動の形であり、内側の感性や思考力は主体側の動因があってこそ、フルに動き出すのである。といって、そのやり方が分からなければ、戸惑い、挫折し、あきらめることになりかねない。やりたいと思ったことを時間を掛けて学び実現するのは、やりたいことが大きなことになれば、時間を要するし、手間が掛かり、時に辛抱も必要であり、学び方の工夫が不可欠になる。
 その意味で主体的に学ぶとか、意欲とともに学び続け、挑戦し続ける意志の問題でもある。高度なレベルに達したいなら、途中は時に飽きるような単調な練習だって必要だろう。対話しているときに意見が食い違えば、辛抱強くやりとりを続け、ずれを解明しつつ、統合的な解決を模索する。今度、どう学んでいけばよいかの構想を立てつつ、いわばそのマップの中に今までまた現在の学びの過程を位置づけ、そこにおいて意欲が意志へと転化するのである。
●教科において
 こうした事柄は学習指導要領では、もっと簡潔な言い方で総則に示されるべき事柄であるが、同時に、教科の側においても、その趣旨に盛り込まれるべきことでもある。
 一つは、その教科における資質・能力とされるものを、ここで論じてきたような(「論点整理」に基づく)ものを基本としつつ、その教科固有の知識と目標に即していく必要がある。そして同時に、教科横断的な資質・能力への橋渡しを示すことも重要になる。
 もう一つは、知識をつなぐ際の中核となる知識を明細化する必要がある。それを核としてどのように他のより細かい事実的知識を体系化していくかの示唆がほしい。
 第三に、対話的学びを活発に行えるように、そこで特に有用に働くであろう表現のあり方とその子ども同士の対話への活かし方の原則を示す。
 第四に、子どもが自分の学びを自覚し、それを振り返りまた先を展望しつつ、学びを計画的にまたその都度の面白さに応じて展開する学び方とその支援のあり方をその教科に即して考えるべきであろう。
 教科を超えていく資質・能力として、「言語に関する資質能力」の議論が進められている。国語科と外国語科・外国語活動を通じて育成すべき言語能力として提案されているのであるが(「認知から思考へ」と題して、構造と内容の把握、吟味と解釈、考えの形成に分け、さらにそれを文章や発話による表現と結びつけている)、これは他の教科にも参考になる重要な視点となる。
 教科の検討では、たとえば、国語科で育成すべき資質・能力として、個別の知識・技能と思考力等と学びに向かう力などの下で、詳細に国語科における該当するものが挙げられている。それがさらに国語科における学習活動として展開されているところが重要な意味を持つ。
●各種教育の導入と拡充
 学習指導要領の改訂でもう一つ考えておくべき点が必ずしも教科等の枠に収まらないが、様々な教育活動を通じて育成を図るべき各種教育である。代表は特別支援教育や情報教育、健康・安全・災害教育、食育などである。それらは特定の教科・時間やその中の単元を校種により持ったりするが、同時に、広く様々な教科その他の時間での育成を進めるものである。
 これらは総則でその基本を示した上で、各教科等や教科書などにいわばばらまかれてあるものを、その教育の視点で改めて見直して学び直せるような仕組みが必要になる。
●校種間の連携を進める
 校種の間の連携・接続も今回の改訂の大きな課題である。幼小、小中、中高、さらに指導要領の枠を超えるところもあるが、高大などである。小学校でいえば、それを低中高と分けて、低学年ではスタートカリキュラムとさらにその発展としての幼児期の教育を踏まえた低学年教育を作っていく必要がある。高学年においては中学校を見通して専科教員や義務教育学校の導入をも視野に入れた新たな教育課程の可能性に道を開くことを検討すべきである。
●指導と評価の関連を強める
 評価のあり方は今まで以上に分量をさいて、総則に書き入れる必要がある。観点別の評価のあり方を目標準拠評価や思考力の評価の工夫などとともに検討すべきである。指導にまさに活かされる評価を明確にしていくのである。
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教育課程企画特別部会(第7期)(第18回) 配付資料

2016/08/01 20:05
 文科省メルマガより。
 2つの配付資料を紹介する。

・教育課程部会 教育課程企画特別部会(第7期)(第18回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/klH013H001H0

 この資料はぜひ目を通しておきたい。
 特に資料5。
 そしてもう1つは家庭科ワーキンググループの配付資料。

・教育課程部会 家庭、技術・家庭ワーキンググループ(第7回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/zQY013M001H0

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教育課程部会(第97回) 配付資料

2016/07/29 20:04
 昨日紹介した文科省メルマガより。

・教育課程部会(第97回) 配付資料
http://melmaga.mext.go.jp/c/8zJ013H001H0

 全体像をつかむことができる。

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「文部科学省新着情報メールマガジン」

2016/07/28 20:27
 このブログでたびたび紹介する「文科省メルマガ」
 素早く情報を入手することができる。
 どこから申し込めばいい?という問い合わせがあったので紹介したい。
 もちろん無料。
 毎日発行される。
 正式名は「文部科学省新着情報メール配信サービス」
 以下,メルマガから転載。

  *「文部科学省新着情報メールマガジン」は、文部科学省ホー
   ムページにて日々更新される最新情報を、原則として1日1回
   (土・日・祝日、新着情報が無い日を除く)メールで配信し
   ているものです。

 次のサイトから申し込みを。
http://www.mext.go.jp/magazine/index.htm
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書籍紹介「アクティブラーニングを考える」東洋館出版

2016/07/27 20:22
 近頃よく目にする,耳にすることば。
 半ば流行語と化している。
 しかし,真のアクティブラーニングについて理解している人はどれほど?
 自己流の解釈で理解したつもりになってはいないか?
 私は次に紹介する書籍は信頼に値すると考える。
 それは執筆陣を見れば納得できる。

 「アクティブ・ラーニング」を考える

   教育課程研究会:編著 出版年月 2016年08月
   東洋館出版社 ¥2,160(税込)

 学習指導要領改訂に向け、大きなキーワードとなっている「アクティブ・ラーニング」。これまで、その言葉だけが先行し、アクティブ・ラーニングの全容について、論じている本はありませんでした。本書は、アクティブ・ラーニングについて、文部科学省職員、中教審委員、研究者等が徹底的に解説しています。
 アクティブ・ラーニングと資質・能力、カリキュラム・マネジメントの関係、各学校段階とアクティブ・ラーニングの考え方、そして、アクティブ・ラーニングと各教科等との関連など、これまでのアクティブ・ラーニング関連書籍にはない、内容・執筆者で構成されています。子供たちが未来の創り手となるために、求められる資質・能力を育む、「主体的・対話的で深い学び」を実現するために、教育関係者必読の1冊です。

第1章 アクティブ・ラーニングとは
第2章 アクティブ・ラーニングを実現するために
第3章 アクティブ・ラーニングと各学校段階等・各教科等との関係
資料 学習指導要領の変遷から読み解く「指導方法」と「アクティブ・ラーニング」

 詳細は次のサイトを。
 http://www.toyokan.co.jp/book/b241468.html#textWrap
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声の出し方指導は幼児期に

2016/07/26 20:07
 大阪の樋口さんからの情報。

 「声の出し方指導は幼児期に出来ていることを自覚化させる」

                                                  無藤 隆

 1年生の授業で、声の出し方指導をする場合がありますね。となりの子ども、少し先、クラス全員みたいな段階ごとに声の大きさを調整する。
 これは幼児でも出来ます。3歳児でも、そばにいる子どもには小さな声で話すし(特に内緒話)、遠くに友だちがいれば、大きな声で呼びます。親にだってそうだ。
 だから、1年生の指導では、誰を聞き手にするかを明確にして、その人に呼びかけるという練習をすれば良い。何回かすると、声の大きさを自覚的に調整するやり方が身に付きます。逆に言えば、聞き手が明瞭でないのに、声の調整をするのは難しいのです。
 さらに、クラス全員に届くようにするというのは別な要素が入ります。先生というわけではなく話すという習慣はまず幼児期にありません。聞き手が明瞭でない話し方とは学校的であり、それを改めてやる場面を作っていきます。それは例えば、自分の考えを皆に説明しよう、ということを明瞭になるような場面を繰り返し作っていきつつ、自分の考えがはっきりとあるときにそれを前に出て説明するという体験を通して形成されます。
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社会・地理歴史・公民ワーキンググループ(第14回) 配付資料

2016/07/25 20:42
 今日の文科省メルマガより。
 もうそろそろ終わりかな?と思うころだが,まだまだ出てきそうだ。
 今夜は社会。
 数が多いし,既発表の資料と重複もあるため,取捨選択して読むといい。

・教育課程部会 社会・地理歴史・公民ワーキンググループ(第14回)

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教育課程部会配付資料の公開

2016/07/23 21:35
 文科省メルマガより紹介する。
 次の2部会から資料が公開された。
 どちらも過去に公開された資料と重複するものもあるが,入手し損なったものがあればここで保存しておくとよい。


  ・教育課程部会 総則・評価特別部会(第10回) 配付資料
   http://melmaga.mext.go.jp/c/orH012d001H2
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  ・教育課程部会 特別活動ワーキンググループ(第8回) 配付資料
   http://melmaga.mext.go.jp/c/4fp012b001H2
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社会人としての教員研修

2016/07/15 20:02
 大相撲名古屋場所が盛り上がっている
 新進の力士が大きな注目を集めている。
 近年,相撲部屋での研修が甘いという。
 新弟子が減ると困るからだと。
 教員社会ではどうだろうか。
 校内での研修は?
 良識ある社会人としての資質を身につけさせるのは先輩である我々の責務。
 先日,あるPTA役員の方が言われた。
 「K先生の口の利き方に驚きました」と。
 K先生が教頭先生と話をしているのを見ていての話である。
 年長者,しかも教頭への言葉遣いとは,とても思えなかったと言われた。
 これだけではない。
 保護者や外来者への対応。
 電話の応対。
 指導力を伸ばすだけではいけない。
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思考力を高める「知識構成型ジグソー法」

2016/07/14 20:21
 ジグソー学習について,興味深い小論を見つけた。
 思考力を伸ばす方法としてジグソー学習はとても効果的だと考えている。
 高校での事例だが,大筋は小中学校でも同じだと思う。

―思考力・判断力・表現力などを育成する授業づくり―
         西村修一 国立教育政策研究所教育課程調査官
 実際のビジネスについて考察することを通して、思考力・判断力・表現力などを育成する

○実学の視点に立った商業教育の質の向上
 教科商業科においては、社会に生き、社会的責任を担う職業人を育成する観点に立って、さまざまな人と円滑にコミュニケーションを図り、利益の追求や与えられた業務の遂行だけでなく、法令を順守することはもとより、倫理観を醸成し、社会の信頼を得てビジネスの諸活動に取り組むことができるようにすることが大切である。そのためには、経済社会での具体的な事例を取り上げ、実際のビジネスについての理解を深めさせるとともに、それを通して思考力・判断力・表現力などを育成し、適切なビジネスを展開するための知識や技術、ものの見方や考え方などのベースとなる力を身に付けさせることが必要となる。その上で、商品開発、販売実習、模擬株式会社経営など、企業と連携した実践的な学習を行うことが必要である。前者は主として教室の中で行い、後者は主として地域を学びのフィールドとして行うことになるが、これらを密接に組み合わせることが、商業教育の質を一層向上させることにつながると考える。
○知識構成型ジグソー法の活用事例
 思考力・判断力・表現力などの育成や、ビジネスに対するものの見方や考え方などを身に付けさせるために、知識構成型ジグソー法を取り入れた授業づくりに取り組む学校が増えつつある。
 この手法は、あるテーマについて、異なる視点でまとめられた資料を用意し、それを基にして生徒が自分なりの説明をつくって交換し、交換した知識を統合してテーマ全体の理解を深めたり、テーマに関連する課題を解決したりする協調的な学習方法の一つである。
 指導は@問いを設定するA問いを解くために必要な部品を説明する資料を用意するB同じ資料を読み合うグループをつくり、他のグループの人に説明するための活動(エキスパート活動)を行わせるC異なる資料を読んだ生徒を一人ずつ合わせてグループをつくり、担当した内容を説明し合い、問いの答えを導き出す活動(ジグソー活動)を行わせるD答えとその根拠を全体に発表し、互いの発表を検討する活動(クロストーク活動)を行わせる──という流れになる。
 ここでは、2013年度の国立教育政策研究所教育課程研究指定校として研究に取り組まれている鳥取県立鳥取商業高等学校における実践の一例を紹介する。
 授業の概要は、授業プランの通りである。科目は「ビジネス基礎」、内容は「ビジネスの担い手(小売業者)」、設定する問いは「コンビニエンスストアは、なぜ成長が続いているのだろうか?」である。
 具体的な学習活動は、次の流れで行われている。
@エキスパート活動(10分)
三つのエキスパート班に分け、それぞれ次の内容について理解を深めさせる。
 A班:客層の変化
 B班:さまざまな顧客ニーズへの対応
 C班:サービスの多様化
 エキスパート活動では、あらかじめ用意された資料を読み合い理解を深めさせる。客層の変化についての資料には、大手コンビニエンスストアの客数に占める女性の比率の推移、年齢別の一日一店舗当たりの平均客数のデータを示し、そこから読み取ることができることをまとめさせる。さまざまな顧客ニーズへの対応についての資料には、商品開発、品ぞろえ、店内レイアウトの事例を示し、さまざまな顧客を念頭に置いた工夫や新規顧客を取り込むための品ぞろえについてまとめさせる。サービスの多様化についての資料には、食材などの配送サービス、生活基盤としての機能の充実の事例を示し、宅配サービスのターゲットやコンビニエンスストアが担っている役割についてまとめさせる。
Aジグソー活動(15分)
 各班で話し合った内容を他のメンバーに説明させる。聞き手の生徒には、ワークシートに記入させ理解を深めさせる。また、ジグソー活動を通して導き出した班としての考えを、ホワイトシートにまとめさせるなどクロストーク活動の準備を行わせる。
Bクロストーク活動(15分)
 グループでまとめた結果をクラス全体に発表させ、導き出したことをクラス全員で共有させる。
 鳥取商業高校の科目「ビジネス基礎」の指導においては、ここで紹介した内容を含めて四つの課題で知識構成型ジグソー法を取り入れている。すべての課題での学習を終えた後のアンケートでは、授業の理解度については、91%の生徒が5段階評価の4以上としている。生徒からは、知識構成型ジグソー法での学習を通して、自分の意見をしっかりと持ち、それを相手に伝えることができるようになることは、将来あらゆる場面で生きてくると思う、といった声が聞かれている。
 経済社会で有為な人材として活躍するためには、思考力・判断力・表現力などを高めることが必要であり、そのために、知識構成型ジグソー法をはじめ、ケーススタディー、ケースメソッド、ディベートなどの指導方法や指導形態を取り入れることが有効だと考える。
〔jijicom 84号より〕
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3つの評価

2016/07/13 20:04
 評価を考える場合,3つの評価を考えねばならない。
 意外とそうでない場合が多いと思われる。

 1 子どもが自分(たち)の学習を確かめるための自己(相互)評価【子どもがする評価】
 2 子どもたち一人ひとりの学習の成果と問題点を確認する評価【教師がする子どもへの評価】
 3 今後の指導の改善に向けた自己評価【教師の自己評価】

 評価と言えば,2がすぐに頭に浮かぶ。
 つまり成績をつけるための評価だ。
 しかし,最も大事にしたいのは3の評価。
 授業を改善していくための評価である。
 中でも,毎時間の評価。
 実は,誰もがやっていることである。
 しかし,それを意識的に体系的に行っている方は意外と少ない。
 短いスパンでの評価として毎時間の評価,そして長いスパンでの評価は単元ごとの評価。
 といった意識をもって取り組むと授業が変わる。
 なお,問題解決的な学習の場合,1がとても重要になる。
 子どもたちが一歩一歩確実に学習を進めていくために自己評価は不可欠。
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社会科学習における批判的思考

2016/07/11 21:11
 東京書籍MM(だったと思う・・・)より。
 とても興味深いので引用させていただく。

― 社会科学習における批判的思考・クリティカル・シンキング ―
                                        白梅学園大学 佐藤 正志

◇「論点整理」におけるクリティカル・シンキング
 昨年8月、次期学習指導要領の改訂に向けて検討を重ねている中央教育審議会から「論点整理」が示された。そこでは、これからの時代に求められる資質・能力を育んでくために、「物事を多角的、多面的に吟味し見定めていく力(いわゆる『クリティカル・シンキング』)」などを、各学校段階に応じて体系的に育んでいくことの重要性が述べられている。
 クリティカル・シンキングは、「論点整理」が言うように「様々な情報や出来事を受け止め、主体的に判断しながら、自分を社会の中でどのように位置付け、社会をどう描くかを考え、他者と一緒に生き、課題を解決していく」ために必須の力なのである。
◇クリティカル・シンキングとは
 クリティカル・シンキングは、批判的思考と訳されている。この言葉のもっているイメージから「相手の考え方を批判し、非難するための思考」と誤解されがちだが、それは正しくない。批判的思考において大切なことは、「相手の発言に耳を傾け、証拠や論理、感情を的確に解釈すること」であり、「自分の考えに誤りや偏りがないかを振り返ること」である。つまり、相手の考えや感情だけでなく、自分自身のことも客観的に捉えて判断し、新たな考えを創っていくことである。そう考えると、「創造的な思考」といった方がよいのかもしれない。
 この批判的思考については多くの論考が発表され、様々な考え方が示されている。それらを総合すると、おおむね次のように整理することができるだろう。
 1.客観的な情報や正確な情報に基づく論理的で偏りのない思考
 2.自分の思考の内容やその過程を意識的・反省的に吟味する思考
 3.課題の解決や目標の実現に向けて行われる、具体的で現実的な思考
◇問題解決的学習と批判的思考
 学習指導要領の総則では、「基礎的・基本的な知識及び技能を活用した問題解決的な学習を重視する」ことの必要性を述べている。社会科学習においても、この問題解決的な学習の重要性は、従来から強調されているところである。学習指導要領解説・社会編では「児童一人一人が問題意識をもち、学習問題に対して解決の見通しを立て、それに従って必要な情報を収集し、それらを活用して問題を解決していく学習活動を構成することが大切である」とされている。こうした問題解決的な学習の過程に「批判的思考」の考え方を取り入れることが必要である。
 このような批判的思考を取り入れた問題解決的な学習の過程を模式的に示すと、次のような図になると考えられる。
          〈クリックで拡大〉
画像



 この図の@〜Dは、一般的な問題解決的な学習の過程である。その上位に、『メタ認知』が位置づけられていることに着目していただきたい。『メタ認知』とは心理学用語であり、「自己の認知活動それ自体を認知する心の動き」と定義される。言い換えると「自分の考えていることを自分で振り返り、自分でモニターすること」である。この図に即して言うと、「自分は何が分かっていて、何が分からないのか」「これから、何を、どう考えればよいのか」ということを自分自身で理解し、認識しながら問題解決的学習に取り組むことである。先の「論点整理」でも、「自らの学習活動を振り返って次につなげる、主体的な学びの過程が実現できているかどうか」が重要であることが指摘されている。
 そうした学習を進める過程で必要な思考方法が、下にある「論理的思考」「証拠重視の思考」「客観的で多角的、多面的思考」である。メタ認知の視点から言うと、そうした思考ができているかどうかを常に振り返させることが必要となる。また、それを最終的に支えるのが、最下段にある「探究心」と「熟慮」ということになる。
◇社会科学習での具体化
 ここでは、社会科の学習における批判的思考を取り入れた問題解決的な学習について、東京書籍版「新編 新しい社会」5下の『これからの工業生産とわたしたち』の小単元を例にして具体的に考えてみたい。
 この小単元の導入では、「活躍するロボット」「太陽光発電のためのパネル」といった新しい技術を取り入れた工業の姿の写真、海外での工業製品の販売に関する新聞記事、海外で売られたり生産されたりする工業製品の写真、「製造業で働く人口の変化」「海外進出する日本企業の数の変化」の統計資料といった8つの資料を読み取らせ、そこから『これからの工業生産を発展させていくためには、どのようなことが必要でしょうか』という学習問題を設定する構成である。
 ここで大切にしてほしいことは、一人一人の子供がどの資料にこだわりをもってこの学習問題を捉えているかということである。そのこだわりが一人一人の問題意識となって、抽象的な学習問題を具体的に追究していくことを可能とさせるのである。それが、「学習問題の明確化」である。
 教科書では、その後、学習問題を解決するために環境問題と工業生産の関わり、日本の輸出入と工業生産について調べていく流れになっている。例えば、新しい技術と工業生産についての問題意識をもった子供は、その視点で環境問題や日本の輸出入について考察していくことになるだろう。そこでの学びは意欲的で主体的なものとなり、その過程で様々な新しい情報を構成し直し、自己の考えを修正しながら新たな考えを確立していくことになる。それが、批判的思考の過程である。このように考えると、批判的思考とは一人一人の学びを成立させる重要な要件なのである。
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